このコーナーでは、UX(ユーザーエクスペリエンス)に造詣の深い人物や、UXを実践している担当者へのインタビューを通じ、さまざまな視点からUXのヒントを探っていく。
ライフネット生命保険にとってのUXとは?
自分たちで施策を考えると、どうしても経験値に頼ってしまう。それって井の中の蛙なので、SNS上の評判やコンタクトセンターでの問い合わせ内容など、情報を集めたうえでアウトプットしていくことが大事です。
- ライフネット生命保険株式会社 肥田 康宏氏(左)、加納 龍二氏(右)
オリコン顧客満足度(CS)ランキング、医療保険部門の「保険料の満足度」で2年連続1位(2011年、2012年度版)となり、最近はテレビCMで知名度が高まるライフネット生命保険。インターネット専業の生命保険で高い顧客満足度を保つ理由とはなにか。今回は同社のマーケティング部の加納龍二氏と肥田康宏氏の2人に、UXへの取り組みなどを伺った。
「おもてなし」をじわっと感じてもらう
――インターネット専業の生命保険という新しい業態の御社にとって、UXとはどのようなものでしょうか。
加納:Webサイトの使い勝手や機能性といったセオリーも大事にしていますが、当社に対しての共感ですとか、独自性を体験いただくことが、われわれにとってのUXの提供だと思っています。また、保険商材というリスクヘッジとなる商品を販売していることから、Webサイトを作る際には安心感を得ていただきたいと考えています。
――御社の社員ブログに、Webサイトリニューアルの際に「おもてなし」というキーワードを意識したとありました。「おもてなし」はUXを語る際によく使われる言葉ですが、Webサイトにどのように作用しているでしょうか。
加納:2012年の4月にWebサイトをリニューアルしたのですが、「おもてなし」をさまざまな判断軸にしていました。たとえば、何か迷った時には「本当にお客さまに対して『おもてなし』ができているのか?」と、立ち返って考えていましたね。
「おもてなし」といっても表現は色々あると思いますが、われわれはテクニカルというより、じわっと感動を生むような体験を大事にしています。たとえば直感的なわかりやすさ、顔が見えることや中立性などをじわっと感じていただいて、多角的におもてなしをすることがコンセプトです。
――「じわっと」っと感動させるとは、具体的にどのようなことでしょうか。
加納:できるだけつまずきをなくすための、細部へのこだわりだと思います。たとえば、旅館の玄関で、そっとスリッパを添えられるかどうかといったような、そういう細部へのこだわりを積み重ねてこそ、感動が生まれると思うんです。
われわれが提供したい体験は、意思決定のしやすさや、申し込みのしやすさなど、保険をお選びいただくときの障壁を減らすことです。シンプルにスピーディーに商品を理解いただき、検討と申し込み手続きをスムーズに終えていただくには、できるだけつまずきをなくすことが必要です。
――インターネット専業の生命保険というと、どういった姿勢が必要になりますか。
加納:保険には、家電を買う時のようなワクワク感はまったくないですよね(笑)。というより、検討する時間が面倒くさくて、早く終わらせたいと思うはずです。いかにスピーディーに納得いただき、プラン自体も腑に落ちるか、そういうスムーズな流れが必要だと思っています。
肥田:たとえば、保険の内容についてわからないことがあった時でも、(店舗を持たない)当社の場合は東京本社以外では対面での相談ができません。すべての情報はWebサイト上にありますので、必要な情報をすぐに見つけてもらえることが大切です。あとはコンタクトセンター(電話相談)ですね。トップページでは、すごく目立つところでコンタクトセンターを紹介しています。
加納:請求勧奨も行っています。「ご請求漏れ、支払い漏れはありませんか?」といった請求案内に関するコンテンツを作って、メールマガジンでお知らせしたり。
それと、実はリアルのふれ合いもあるんです。ご契約者さまを招待する「ふれあいフェア」というイベントを開催していて、当社の業績報告やFAQの紹介、ご契約者同士でのワークショップなどを行っています。こちらは東京本社のほか、大阪、福岡などでも開催しています。
――そういった、リアルでの取り組みもされているんですね。
肥田:その他にも、社長の出口が講演の全国行脚をしており、これまで500回、1万5千人の方とお会いしています。この講演は、ご契約者さまに限らず10人お集まりいただければお伺いするもので、大学の講堂でも公民館でもどこへでも手弁当で伺っています。講演内容についても、保険に限らずさまざまなテーマで行っています。弊社にはセールスパーソンがいないので、こういった顔の見える機会が必要です。社長の出口だけでなく、副社長の岩瀬も色々なところで講演させていただいています。
保険業界出身者が少ないからこそ、顧客視点に近づける
――対面でのふれ合いを含めて、お客さまの反応をどのように生かしていますか。
加納:マーケティング部としては、Webサイトのログや、申込データなどから仮説を立てるわけですが、僕らだけで考えていると、井の中の蛙というか、間違った方向に進むことがあります。以前、コンタクトセンターへのお問い合わせが多いのに、Webサイトの該当するFAQはクリックされていないケースがありました。この場合、導線やデザインを検討するきっかけになります。あとはSNSも普段からウォッチしています。そういったインプットは多角的に入れるようにしていますね。
肥田:インプットをマーケティング部で共有していますが、そのための会議などは行わず、SNS担当者をはじめ、つぶやきなどに気付いた人が「これ見てる?」と声をかけて、みんなで見る感じです。その方が、会議を行うより柔軟な意見が出やすいんですね。
加納:当社では「全員マーケティング」という言葉を使っていて、マーケティング部だけでなく、社員全員で会社を世の中に伝えていくことに重きを置いています。
また、これは当社の特長ですが、マーケティング部には保険業界出身者がほとんどいません。というのも、開業当時に出口と岩瀬が「保険業界出身者がマーケティングをすると、既存の保険と同じになってしまう」と考えたからです。もちろん情報を伝えるために保険を勉強しますが、社員が保険は難しくてわかりづらいというマインドを持っているからこそ、お客さまへわかりやすく伝える必要性を感じます。
――おもてなし、UXのためのフィロソフィーはありますか。
加納:すべてに集約されるのが「正直に、わかりやすく、安くて、便利に」という当社のマニフェストです。保険は信頼があってこその商品なので、理念を正しく伝えて共感していただくことを大切にしています。その結果もあってか、お申し込み後のアンケートに、応援メッセージをいただくことが多いです。これは出口や岩瀬の行脚、Webサイトでの中立的な情報の開示といった取り組みの表れだと思っています。
――中立的な情報というのは、どんなものでしょうか。
加納:保険の広告というと「病気になったらこんなにお金がかかる」といった、あおり的な表現が結構あると思います。当社ではそのようなスタンスではなく、まずは公的な医療保険制度の情報を知っていただいてから、お客さまに適したプランを提案したい。それ以外にも、保険の原価を開示したり、月の販売速報をニュースリリースで公開したり、情報開示を徹底しています。
ユーザー層の変化に合わせて携帯・スマホにも対応
――UX的な取り組みには、どのようなことがありますか。
加納:まずNPS(ネットプロモータースコア:顧客ロイヤルティを測るためのアンケート)があります。お申し込み完了後のアンケートで11段階評価をお願いしていて、Webサイトのわかりやすさも質問しています。実は、開業当時から見ていくと、わかりにくかったという評価の人が増えている。これはどういうことかというと、お客さまの属性が変わってきているとも判断できるからです。NPSは、こういった検知にも役立てています。
――ユーザー層の変化とはどのようなものでしょうか。
加納:当社は、インターネット専業ということもありIT関連のお仕事の方の利用が多かったのですが、主婦やIT関連以外のお仕事の方の利用が増えてきています。これまでITリテラシーの高い方をターゲットにしてきたのですが、現在はターゲットを広げるという補正を行っています。Webサイトリニューアルもその目的達成のためでした。
肥田:ここ数年はテレビCMなどのマス広告を打ち始めていて、お客さま層が広がり「パソコンがない場合はどうしたらいいの?」というお問い合わせをいただくようになりました。紙の申込書などを使ってしまうと、従来の店舗型の保険業と同じビジネスモデルになり、コスト増加という問題も出てきますので、まず携帯電話サイトを立ち上げ、2012年の6月からはスマートフォンにも対応しました(現在は、操作性改善のためスマートフォン経由の申し込みを停止中)。
加納:それと、定期的に行動観察を行っています。これはお客さまにご協力いただくこともありますし、社員やわれわれの知人を集める場合もあります。
――行動観察は専門家に依頼しているのですか。
加納:最初は専門の調査会社さんに依頼したのですが、それなりのコストがかかります。社内に知見を得ることができ、そんなに難しくないと感じたので、見よう見まねで始めました。アイトラッキングなどの専門設備はありませんが、会議室に対象者と質問者とサブスタッフが入り、別室のモニターでマーケティング部のメンバーが観察します。
――行動観察からは、どのようなデータが得られましたか。
加納:たとえば、検討層のなかには他社の広告などからのインプットもあって、潜在的に「女性保険」というキーワードが擦り込まれている場合があります。そのため、その女性の方のなかには、当社のWebサイトを見て、女性保険のキーワードが探せなかった時点で離脱されてしまう方がいると行動観察からわかりました。これは大きな発見で、対策としてプラン選びのなかに女性向けの情報を追加しました。このように、わかりにくい所を発見したら、それを改善していくという対策を行っています。
顧客本位の企業文化が自然にUXへと反映されている
――企業としてUXの向上にどのくらい優先して取り組んでいますか?
加納:当社は顧客本位という文化が根付いているので、コンタクトセンターに届いたお客さまの声や行動観察などから、改善方法について議論する流れができています。
肥田:土壌というか雰囲気としてありますね。それがUXという言葉になる時もあるし、先ほどの「全員マーケティング」になるかもしれない。部署間がぶつ切りになっていないので、本来マーケティング部のWebチームで考えるべきことを他の部署も意識していて、意見交換が活発にできています。
歴史ある企業さんだと「これからはUXを取り入れなければ」という流れになると思いますが、当社はそもそもWebサイトに訪れるお客さまの体験のことを考えて成り立っています。
――最初からお客さまの方向を向いているので、会社として改めてUXに取り組まなくても、土壌としてなりたっていると。対面の接客からアイデアを得ることはありますか。
――対面の接客からアイデアを得ることはありますか。
加納:お客さまにご利用いただくマイページがあるのですが、そこで保険の外交員さんが対面で行うような「ライフステージにお変わりありませんか?」「更新前に見直しされますか?」といった、お客さま状況を確認するような機能を今後模索していきたいですね。
肥田:当社の死亡保険は定期型なので10年という期間が最短です。開業が2008年ですから、保険の更新も実はあと数年。更新の準備のためにも、最近はそういった議論が活発になっています。
――今後の課題というと、どのようなことがありますか。
加納:PCに依存することに危機感をおぼえています。お客さまの利便性を考えると、スマートフォンやタブレットでもPCと同じ体験を提供しなくてはならない。今後自宅でPCを使わない人が増えていくなかで、小さい画面のなかで納得してもらうために、情報をコンパクトにしていきたいと考えています。
――Webの情報をわかりやすく伝える工夫として、見出しの文字数に制限を設けていると聞いたことがあります。
加納:見出しは35文字程度に収めるようにしています。以前テレビ番組で取材していただいたので、それをご覧になったのかもしれませんね。このような施策を自分たちだけで考えると、どうしても経験値に頼ってしまう。でも、それは井の中の蛙なので、できるだけ多角的にインプットを集めたいと思っています。SNS上の評判や、コンタクトセンターでの問い合わせ内容など、情報を集めたうえでアウトプットしていくことが大事です。
――トップページの「カンタン見積り」も、わかりやすくするためのアイデアでしょうか。
加納:あれはテレビCMを意識しています。CMで「見積りトライ」というキーワードを見たら、Webサイトで値ごろ感を見たいと思うはずなので、一番わかりやすい導線として「カンタン見積り」を置いています。
――テレビCMを見てやってきた人が、真っ先にその情報に触れるように準備されている。
加納:そうですね。今トップに大きく載せている導線は、「見積もり」「プラン提案」「資料請求」です。たとえば、無保険の人がはじめて保険を検討する際は、いきなり値ごろ感ではなく、プラン提案コンテンツへ流れていくことが行動観察でわかりました。このように、お客さまの方を向くことで、とるべき施策がわかってくると思います。
――個人のお客さまに向き合っているからこそわかることですね。本日はありがとうございました。
UXという言葉を具体的に使ってないにしろ、UXを実践しているライフネット生命保険株式会社。そこには、お客さま本位という土壌がある。簡単に聞こえるかもしれないが、そこに到達するのは、おそらく社員一人一人の意識が必要だ。そして顧客満足度調査の結果は、社員の足並みが揃っていることが有利であると証明している。
NPSや行動観察は、課題を「見える化」し、そこから先を予見して対策を行うことが、おもてなしでありUXの素だろう。このような取り組みにしても、社内のコンセンサスがあってこそだ。そこには、同じ方向をめざして社員一人一人が取り組む「全員マーケティング」という考えがある。ぜひUXへ取り組む際の参考にしていただきたい。
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オリジナル記事:ライフネット生命保険「UXを特別に取り入れなくても、顧客本位の企業文化からサイトを訪れるお客さまの体験が考えられています」 [ユーザーエクスペリエンスのチカラ] | Web担当者Forum
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