「儲からないのは当たり前」、間違いだらけのビッグデータ活用
「ビッグデータで儲ける3つの原則~人工知能・人間・ハピネス~」と題し、データドリブン・マーケティング&ADフォーラムの基調講演で登壇した日立製作所 中央研究所 主管研究長の矢野和男氏は、10年前から先行してビッグデータやウェアラブルデバイスにとり組んできた実績を元に、データをマネーに換える原則について、事例を交えながら説明した。
すでにビッグデータという言葉は一般的になってきているが、企業はそれを果たしてどこまで活用できているだろうか。大量のデータは集まったが、それをどうビジネスに繋げていけばいいのかという課題を抱えている企業は多い。
矢野氏は、「大量に収集されたデータを活用して、儲けに繋げていくことは難しい。そこで気づいたのが、私たちはデータの扱い方を間違えている、ということでした
」と訴える。
ビッグデータやIoTなどの言葉が世に登場する以前である2003年から、矢野氏は大量データを活用したビジネスの事業化に着目していた。2006年には腕時計型のウェアラブルコンピュータを用いて人間の行動データなどの継続的な収集を行い、その活用に取り組んできた。しかし、大量に集められたデータに対し、データマイニングや機会学習、多変量解析といったさまざまな技術と労力を用い、ビジネスでの活用を目指したものの、成果を得るための糸口はなかなか掴めなかったという。
そこで至った結論が、「データは仮説を持って取り扱うという、従来のオーソドックスなデータ分析のスタンスではうまくいかない
」(矢野氏)というものである。
そこで考え方を一変させ、打ち出したのが次の3原則だった。
ビッグデータで儲ける3原則
- 目的: 向上すべきアウトカム(業績)を明確にする。
- データ: アウトカムに関連するデータをヒト・モノ・カネにわたり広く取得する
- 発見: 仮説に頼らず、コンピュータに業績向上策をデータから逆推定させる
中でも、もっとも大事なのは3の「発見」で、具体的には、儲けにつながるための仮説をコンピュータ(人工知能)に導き出させることだった。人間では、大量のデータをすべて見て分析することは困難だが、コンピュータなら可能だ。ただし、一方で、コンピュータはアウトカムを設定できない。その部分は、人間が明確に定義し、アウトカムに応じて必要となるデータをコンピュータに提供するようにする必要がある。
この3原則に基づいて、日立製作所が開発した人工知能ソフトウェアが、「H(Hは社内コードで、Hitachi Online Learning Machine for Elastic Societyの略)」である。
コンピュータ自身が仮説を立て、提示した施策で売り上げ15%アップ
矢野氏の狙いは的中し、実証実験においてHはさまざまなビジネスに成果をもたらした。その一つが、Hを活用し、ホームセンターにおいて売上向上を果たしたケースである。
この事例ではまず、ホームセンターにおけるPOSの売上データに加え、センサーによる顧客と従業員の店内行動のデータ、さらには商品の陳列データなどを大量に収集した。センサーからは、従業員や客の位置情報だけでなく、従業員の動きや会話の情報、動きの活発度といった情報を記録し、Hを用いて分析したのである。
その結果、コンピュータは、顧客単価の高感度スポットへ店員を重点配備することで売り上げが上がるという結果を導き出した。その通り実際に店内のある位置に店員を配することで売り上げが15%アップしたという。ちなみに、同ホームセンターで流通分野の専門家が立てた施策では、顧客単価の向上は確認できず、「大量データが入手可能な問題では、コンピュータは経営の強い味方」だと確信できたという。
休憩中のコミュニケーションサポートで、売り上げ27%アップ
続いて、矢野氏はコールセンターにおける事例も紹介した。
受注率の異なる2つのコールセンターAとBを比較し、なぜBの方が受注率が高いのか、両者の人員に名札型のセンサーを装着してもらい、体の動きのデータを計測しHで検証した。その結果、Bのスタッフの方が休憩中の体の動きが活発であることが判明したのである。
「これは休憩中にスタッフ同士の雑談がよく弾んでいることを示唆しています。そこで、それまでは各自バラバラにとっていた休憩時間を複数人でとるようにしたところ、より多くの雑談が生まれ、受注率も13%増加しました
」(矢野氏)という。
さらにスーパーバイザーが的確な人に、順番に声をかけると休憩がさらに盛り上げることも分かったという。これらの情報に基づいて、コミュニケーションが必要な人の情報を「コミュニケーションサポート対象者」としてクラウドで共有、休憩中の活発度を上げるような施策を1年間適用したところ、コールセンターの売り上げが27%増加したのである。
データの収集から日々のオペレーションの判断基準まで、コンピュータが自動的に行う
矢野氏によれば、これらのケーススタディはほんの一例であり、すでに、保険、物流、店舗、プロジェクト管理、法人営業、自動車販売、プラント、鉄道、鉱山、展示会、教育など幅広い分野でのHの活用がはじまっているという。
人間がアウトカムを定義し、そのために必要なデータを与えれば、Hは「どうすれば儲かるのか」を自動的に教えてくれる(矢野氏)
大量データを活用し、アウトカムをあげていくにあたっては、さまざまな要因を組み合わせていかなければならない。すべての組み合わせを網羅しようとしたら、膨大な量のケースを考えなければならない。そこで従来は、人間が仮説を立て、いくつかの組み合わせをコンピュータに計算させる手法が用いられてきた。
しかし、矢野氏は、「先にも述べたとおり、大量のデータをもとに人間が適切な仮説を立てるのは困難
」と強調する。そこで、関連する大量のデータの中から複合する要因の生成と絞り込み処理を自動的にコンピュータが行い、仮説を立てられるようにしたのだ。Hではこのような「跳躍学習」と呼ばれる技術を取り込んでおり、ボタン1つで行うことができるという。
Hはデータの収集から、日々のオペレーションにおける判断基準の提供まで自動的に行う。矢野氏は、「人工知能とビッグデータが融合されることで、状況に応じて柔軟な対応が可能なシステムが構築できる。従来、データはプログラムが処理する対象だった。しかし、いまやデータはプログラムを置き換え、補完し、マシンが成長するためのインプットとなっている
」と説明する。
ビッグデータは新たな“見えざる手”
データと人工知能で人間の幸福感を高める
日立製作所は、1秒間に50回、人間の行動をセンサーで計測し、それを10年間、つまり100万日ぶん収集し、企業、塾、病院、介護施設などさまざまな活動領域における人間の行動データを研究してきた。その成果の1つが、人間の身体運動のパターンと集団における幸福感の関連性である。
矢野氏によれば、センサーで人間の動きを計測し続けてきた結果、人間身体運動には基本的な法則があることを突き止めた。人は動き続けるほど、止まらなくなる。つまり“動”の状態がT分続けば、“静”に転ずる確率は1/Tになるのだという。
人間行動において、一般に動の状態が1/Tの曲線に沿って長くすそを引いて減衰 していく傾向があるが、このすそ引きが少なく急降下するケースもある。この1/T法則からのずれが小さいことを「1/Tゆらぎが強い」、ずれが大きいことを「1/T ゆらぎが弱い」と定義し、その意味について研究を続けたところ、そのゆらぎこそが、集団の幸福感に大きな関係性をもつことがわかった。
矢野氏が468人の全く業種の異なる10組織に20項目の幸福感に関するアンケート調査を行ったところ、1/Tゆらぎが強い集団ほど、幸福感も高いという結果が得られたのだ。「この結果からも1/Tゆらぎの強さが幸福感を示すことが分かった。そして、幸福感の高さは業務の生産性に直結する
」と矢野氏は強調する。
実際、前述したコールセンターの事例では、受注の多い日と少ない日では、1/Tゆらぎの強さ、すなわち幸福感が異なっており、その売り上げには3倍もの差があったという。
幸福感の高さは健康、長寿、結婚の成功、年収、昇進に繋がる。そして、幸福感の高い人たちが業績を向上させる。つまり、データと人工知能を有効活用することで、従業員の幸福感を高めるための手立てがいち早く打てるようになり、ひいては業績をアップさせることが可能となるのだ(矢野氏)
最後に矢野氏は、「ビッグデータは、社会に幸福をもたらす新たな“見えざる手”である。すべての基本は人々の充実感や幸福感にある。それをさらに高めていくためにも、データを有効に活用可能な仕組みを構築し、ビジネスに活かしてほしい
」と強く訴え、講演を締めくくった。
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オリジナル記事:ビッグデータ+人工知能と人間の幸福感がビジネスの業績を向上させる | データドリブン・マーケティング&ADフォーラム レポート | Web担当者Forum
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