前回までのあらすじ
Web制作会社に勤めて3年目の山ノ内くんは、クライアントである広告代理店・永伝舎の八瀬さんと共同で、雑誌記事を執筆することになった。
しかし、著作権に無知な八瀬さんが書いてきた記事には、トラップがたくさん。困った山ノ内くんは、社内弁護士である有栖川さんに相談し、事なきを得たのだった。
→前回のマンガは「データやグラフは著作物なの?」(第4話)
承諾なく撮られた写真を公表されてしまった! これって違法なの?
今回、僕たちの承諾なく撮影された、八瀬さんの顔のアップの写真や、僕と八瀬さんが写った写真が、Web上の記事に載せられています。
これは違法になるんでしょうか? 今、配信元へ削除の要請をしていますが、違法になるなら、重ねて申し入れたいです。
そうね、こちらとしては「写真が、八瀬さんや山ノ内くんの肖像権を侵害して違法だ」と主張すべきだわ。でも、配信元は、「違法じゃない」と反論するかもしれないわね~。
なんと! そうなんですね。
今回、著作権は問題になる?
さっき有栖川さんが「著作権じゃなくて肖像権の侵害」って言ってましたよね。モノじゃなくて人が写真に写り込む場合には、著作権は問題にならないのですか?
創作性のあるダンスやパントマイムなど、体を使って表現してる場合なんかは別として、人間そのものは著作物じゃないわ。だから、人間が写真に写り込んでいてもそのことによる著作権侵害はあまり問題にならないわね。ま、昭和45年まで使われてた旧著作権法では、依頼を受けて撮影された肖像写真は、その依頼者が著作権を持つとされていたけど、昔の話だものね。だから、今回問題になるのは肖像権よ。
なるほど、わかりました。では、肖像権について、詳しく教えてください!
肖像権とは?
そもそも、肖像権って何なのですか? 法律で定められた権利ですか?
肖像権とは、おおまかにいうと「自分の肖像をみだりに利用されない権利」よ。言いかえると、自分の肖像、つまり、顔立ちや姿かたちを、正当な理由なく、写真や動画に撮られたり、イラストや彫刻にされたり、それらを公表されたりしない権利、ってところね。でも、法律で定められた権利じゃないわ。
へえ、法律で決まっていないんですか。じゃあなぜそのような権利が認められるんですか?
人は生まれながらに、「基本的人権」の一種として、「人格権(個人の人格的価値にかかわり、それを侵害されない権利)」という権利を持っていると理解されているわ。で、その人格権に由来して、氏名とか肖像(顔立ちや姿態)をみだりに利用されない権利があるとか言われているの。肖像は、個人の人格を象徴するものだからね。
人格権ですか。
ちなみに、「自分の氏名や肖像をみだりに利用されない権利」には、財産的な側面もあるわ。氏名・肖像が持っている商業的価値・顧客吸引力を排他的に利用する権利「パブリシティ権」ってやつね。タレントの写真などを、勝手に商業的に使った、なんてケースが典型的ね。今回は関係ないから説明は省くけど。
立て看板で肖像権についてのルールが周知されていた場合、承諾があったことになるの?
実は、今回、肖像の利用について、僕たちの承諾があった、と言われるかもしれないと思っています。
あら、どういうこと?
会場に、「肖像権について」「本日、メディア配信を目的としてイベント内容の写真撮影を行います。お客様が写り込む場合がありますがご了承ください。」っていう立て看板があったんですよ。そういうお知らせを僕が見たことで、ルールを了解していた、承諾していた、ってことになりませんか?
そんなのあったんだ。私は気が付きませんでした……。
立て看板があっただけで、イベントのWebサイトやパンフレットには書いてませんでしたからね。
法的拘束力がある合意がどうやって成立するかね。山ノ内くんは立て看板を見ているけど、承諾するアクションを取ったわけではないから、肖像権の利用を承諾したことにはならないわ。
へえ、そうなんだ。
Webサイト、パンフレット、チケットなどあらゆるところにデカデカと明記するとか、入場時にひとりひとりに声を掛けるとか、ものすごい手を尽くして周知されていたなら「黙示の承諾があった」と扱えるかもしれないけど、そういう扱いになるのはレアケースと理解しておいて。
そうなんですね。じゃあ、どうして、あのような看板が立っていたんでしょうか?
まずは、イベント参加者へ配慮したんじゃない? クレーム予防効果も期待できるし。法的にも、肖像権侵害があるとして責任追及された際に、責任を減少させる事情として機能する…かもしれない…しね。
なるほど。気配りって大事ですもんね!!
- 承諾のない肖像利用が違法になる基準とは?
- 承諾のない肖像利用が可能な場合とは?
- 八瀬さんの顔アップの写真は肖像権の侵害になる?
承諾のない肖像利用が違法になる基準とは?
じゃあ、承諾がない場合、肖像の撮影や公表は、違法になるのですか?
いえ、ケースバイケースよ。人は、「肖像をみだりに利用されない権利」を有しているけれど、逆に、肖像を利用する側にも、「表現の自由」などの権利があるの。だから、表現の自由のために肖像を使う必要性が高いのか、肖像権ないしはプライバシーの保護を尊重すべきかのせめぎ合いになるのよ。
プライバシーと表現の自由とのせめぎ合いですか。
そう。このせめぎ合いに、裁判で白黒決着つける際には、社会通念上、肖像権者にガマンを強いられる限界、つまり「受忍限度」を超える肖像利用はダメっていうふうに考えられているの。で、その受忍限度を超えるかどうか考えるにあたっては、様々な要素を考慮していくのよ。
様々な要素とは、たとえばどういうものですか?
聞きたいなら言うけど、量が多いから聞き飛ばしていいわよ。
どんと来いですよ!
じゃあ行くわよ。ちなみに、カッコ内は私の考えよ。
- 被撮影者の社会的地位(例:公に関心を持たれるべき人か/一般の人か)
- 撮影された被撮影者の活動内容(例:人に知られても構わない行動をしていたのか/知られたくない行動をしていたのか)
- 撮影の場所(例:不特定多数の人が出入りできる場所か/プライベートな場所か)
- 撮影の目的(例:社会のためになるか、自分の利益や趣味のためか、不当な目的はないか)
- 撮影の態様(例:隠し撮り・騙し撮り・住居侵入・撮影禁止場所など、法違反やマナー違反はないか)
- 撮影の必要性等
すみません。ほとんど聞き飛ばしました……。
まあ、そうなると思ったわ……。
承諾のない肖像利用が可能な場合とは?
まず、有名人など公に関心を持たれるべき人と一般人とでは、まったく判断が違ってくるんだけど。
じゃあ、今回は、一般の人について、写真を承諾なく使える場合を教えてください。
わかったわ。一般の人の写真を撮影・公表することは…、
- 公の場所で普通の行動をしているところを
- 妥当な目的の下
- 平穏な態様で撮影した場合で
- 「背景」や「その他大勢」として写りこんでいる
くらいなら…、その人の承諾がなくても、ただちに違法にはならないでしょうね。
つまり、その人に焦点を絞っている、つまり「その人がメイン」に写っている写真はやばいですか?
マナー的にどうかという問題もあるけど。少なくとも適法になるための要件は、ぐっと厳しくなるわ。客観的に公益性が高いとされる目的の下、公の場所で普通の行動をしてる人を写した写真なら、メインで写っていても大丈夫かもしれない。たとえばNHKが「今日の那覇市内の気温」の紹介のため、通行人に焦点を当てて撮影して放送した場合など。いっぽう、裁判例の中には、公道を歩いていた女性に焦点を当てて顔や全身が撮影された写真がWeb上で公開された際、その人が「SEX」と大書きされた服を着ていたという事情もあってだけど、ある程度公益的な目的(ファッション情報の発信)があっても違法とされたわ。
その裁判例のケースは、公益的な目的があってもダメだったのですね。
そう。目的は正当でも、プライバシーへの配慮がいささか足りなかった。相当な使い方の範囲を超えてしまったのね。
八瀬さんの顔アップの写真は肖像権の侵害になる?
だいたいわかってきました。さて、今回の八瀬さんの顔アップの写真だと、どうなるのでしょう!!
今回の写真は、裁判を起こして白黒決着つけた場合、こちらが勝てる、つまり、公開の差し止めや、損害賠償が認められる可能性があるわ。損害賠償といっても、このケースだとせいぜい数十万円までと思うけど。
それって、喜んでいいのかしら…?
「可能性がある」って、有栖川さんにしては歯切れが悪いですね。
まあ、表現の自由も大事だから。さっきの話と重なるけど、今回、目的には公益性があるからね。世間から注目されてるイベントに、こういう感じの人が来場してるんですよ!って報道するために写真を使う。その意義と必要性は高いと思うの。また、八瀬さんは、公の場で普通に歩いてるところを写真撮影されただけで、人に知られたくない場面や行動を撮られたわけではないわね。
ふむふむ。一応、会場に立て看板も立っていましたしね。
でも、一方で、八瀬さんは一般人で、芸能人みたいに自分の顔とかを広く公表してるわけじゃないから、自分の顔をネットで公表されるのは抵抗あるわよね。さらにいうと、八瀬さんのアップの写真、顔の真上に「電波」って文字が写ってる。電波っていう言葉は、昨今、特にネット住人には、変な人を意味する、悪い言葉にも受け取られるわ。そういう言葉を背負った構図での顔のアップ写真を公開されるのは、八瀬さんにとってそれなりに強い心理的負担になると思うの。看板が写りこんでいるだけとはいえ。
確かに。見ようによってはひどい写真ですもんね。「面白い画像まとめ」とかってネット上で広がるおそれもありますね。
でしょ。イベントの様子を報道するという目的を達成するために、顔のドアップ写真を使うことがどうしても必要かと言われるとそうではないし、顔は載せないようにするとか、「電波」を背負っていない写真とか、プライバシーなどに配慮した使い方ができたはずよね。
なるほど、そのように、色々な要素を考慮した結果、今回の写真が公開されていることは、受忍限度を超えて違法と言えるかもしれないのですね。
うん、そういうこと。今回の八瀬さんの写真は、さっき言った裁判例に近いわね。それよりは若干違法と判断されにくいかもだけど。
なるほどですね。諸々参考になります……。Web制作にかかわってる僕たちは、肖像権を侵害する側に回るかもしれないですからね。
- 肖像利用について承諾があれば肖像権侵害にはならないの?
- 肖像権侵害の写真をクライアントのWebサイトに使ってしまったら?
肖像利用について承諾があれば肖像権侵害にはならないの?
自分の肖像を利用されることについて、その人が承諾していたら、もちろん肖像権侵害にならないですよね?僕も、クライアントから依頼されてWebサイトを作るとき、よく人物写真を使うので、気になるんです。
そうね。有効な承諾があれば肖像権侵害にならないわ。素材サイトなどから人物写真を引いてくる場合は、利用規約をよく読んで、利用OKの場合にあたるかどうか、気にしながら使ってね。それ以外の方法で、たとえばフリーのカメラマンさんとかから写真を入手する場合も、利用OKな範囲を明確に証拠化しておいて「この利用の仕方は承諾した範囲に含まれるのか」なんてトラブルに後日ならないように気を付けてね。
なるほど、わかりました。
もし仮に、写真利用について写っている人の承諾がないことを疑わせるような事情があったのにスルーして利用してしまったら、写っている人に対して損害賠償責任を負うことがあるわ。出会い系サイトの広告に女性の顔写真を無断で使ってしまった事案で、広告制作会社や写真家に慰謝料等120万円の損害賠償責任が課された例などがあるわね。
そうなんだ! 私も気を付けようっと。
肖像権侵害の写真をクライアントのWebサイトに使ってしまったら?
肖像権を侵害された人との関係で責任を負うことはわかりました。それとは別に、僕たちは、クライアントから依頼されてサイトを制作するわけですから、クライアントとの関係も気になります。肖像権侵害の写真をクライアントのWebサイトに使ってしまった場合、わが社のクライアントに対する責任はどうなりますか?
…まあ、法的なことだけ言うと、山ノ内くんはそれほど心配しなくていいわ。私が作ったWebサイト制作委託契約書には、一定の場合を除いて、わが社は責任を負わないという規定を置いているから。でも、そういう約束をしていない限り、別の写真に差し替えたり、クライアントに生じた損害を賠償したりする責任を負うのよ。
そうなんですね。やっぱり有栖川さんは頼りになりますね~。
当たり前でしょ! 備えあれば憂いなしなのよ!
いいなあ。わが社(永伝舎)にも有栖川さんがいたらいいのに……。
(うちの会社には八瀬さんがいなくてホント良かったわ……)
第6話は2012年3月下旬ごろに公開予定
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オリジナル記事:写った人の承諾なく撮った写真は肖像権侵害になるの?/【漫画】僕と彼女と著作権・第5話 [僕と彼女と著作権] | Web担当者Forum
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