データとクリエイティブをつなぎ、ユーザー体験の強化を図る
「勝利に導くアナリティクス」をテーマに行われた「アナリティクス サミット 2015」では、基調講演にスタートトゥデイの清水俊明氏、オイシックスの西井敏恭氏、ペー・ジェー・セー・デー・ジャパンの村上佳代氏という、デジタルマーケティング業界を牽引するトップランナーが集結、村上氏をファシリテーターに、それぞれの取り組みについてパネルディスカッションを行った。
大量のデータ分析をビジネスに結びつけるデータドリブンや、顧客中心のCRM戦略、ますます重要性が高まるデータサイエンティストの役割など、ビジネスを勝利に導くために、マーケティングの最前線では今、どんな取り組みがなされているのだろうか。
本講演では、ファシリテーターの村上氏が事前に用意したテーマから、会場の関心が高い下記の3つのテーマがその場で選ばれ、それぞれについてパネラーの意見が交わされた。
- データ分析環境や運用体制、データサイエンティストの役割
- CRM戦略において重要視するポイント
- 各社のKPI
ネット専業企業で、製造、ロジスティクスから、原価管理、情報システムまでの一切を取りまとめる
ファシリテーターの村上氏は、スキンケアブランド「P.G.C.D.」を手がけるペー・ジェー・セー・デー・ジャパンで、発注から製造、在庫管理、出荷等のロジスティクス一切、データ分析環境、EC環境管理と設計・構築等の情報システム部門を取りまとめるフルフィルメント部 部長を務める。
ペー・ジェー・セー・デー・ジャパンは、Yahoo! BEAUTYの「あなたが選ぶ通販コスメ大賞」で毎年、2位、3位にランクインする人気スキンケア、ヘアケア商品をリリースしている年商約10億円のネット専業企業だ。
村上氏は、ネットイヤーグループ、CCC、楽天でネット戦略コンサルタントやWebマーケティング、モバイルを用いた新規事業や新規会員獲得にフォーカスしたマーケティングなどを経験し、現職に就いた。また、個人の取り組みとして、Web担の人気連載で書籍化された「Webマーケッター瞳」など、Webマーケティングの入門書の執筆を手がけ、Webマーケティングと経営とのつながりについて啓蒙活動にも積極的に取り組んでいる。
近年、データ分析の分野で学術的な連携を進めるZOZOTOWNの取り組み
清水氏は、ファッションECサイト「ZOZOTOWN」を運営するスタートトゥデイにて、取締役兼ホスピタリティ・マーケティング本部長を務める。
ZOZOTOWNは1000万人超の会員数を擁するファッションECサイトだ。この10年ほどは、データ分析の分野で学術的な連携を進め、公益社団法人日本オペレーションズ・リサーチ学会と連携してデータ分析手法の研究のためのデータ提供や、2014年には「データサイエンスフェスティバル」というデータ解析コンテストを主催し、データサイエンティストの活躍の場を提供する試みを続けている。
また、2015年4月22日には、サイト開設10周年を記念して、約2万点、総額2億円相当の商品を、「0円」でこっそり販売するというゲリラキャンペーンを実施したばかりだ。事前告知がなかったため、利用者の間では「システムエラーではないのか」と騒然となり、TwitterなどのSNS上でもかなりのバズが発生したという。この取り組みについて清水氏は以下のように舞台裏を語る。
世の中に何も告知せずに、いきなり0円で販売したらどうなるかという、ZOZOTOWNが10周年なので10歳の子供心のイタズラのような試みだった。ただし、当社は上場企業であるため、株価や投資家への影響やリスクに配慮して株式市場が空いている時間には実施しないことにした。しかし、夜遅くに実施すると、今度は記事にしてくれるメディアの記者がいなくなってしまうため、夕方頃から実施した(清水氏)
結局、用意した商品は数時間で完売し、ソーシャルメディアでもかなりの話題を喚起した。こんなイタズラ心に溢れた施策も、同社らしい取り組みといえる。
オイシックスの強みはデータドリブンマーケティング
オイシックス CMOの西井氏は、2003年ごろからECの世界に携わっている。2001年から2年間、世界一周の旅に出た際のWeb日記が人気を博し、帰国後、その体験を本にして出版した。その後、各社でECマーケティングを経験し、2013年末には、化粧品通販のドクターシーラボを退社。2度目の世界一周を経て、帰国後、2014年7月から現職に就く傍ら、自ら設立したwarmth inc.にて、大手通販やスタートアップ企業など数社のマーケティングを支援している。
オイシックスは、有機野菜などの食品宅配専門のECサイト「Oisix」を運営する。事業の特色として西井氏は、「データドリブンマーケティング」を挙げた。
通常のECは年間3~4回くらいのペースで顧客データが集まるが、オイシックスは毎週、売上のトランザクションが発生する。週ごとの注文で、お客様一人あたり平均で20品目くらい購入されるので、膨大な商品データと、細かなKPIに基づいてデータドリブンマーケティングを行っているのがオイシックスの強みだ(西井氏)
オイシックスは取り扱う商品の特性上、保存期間が短く、配送、在庫、ページ更新のスピード感がビジネスの鍵を握る。天候にも影響される難しさがあるが、オイシックスは、世界的にネットスーパーの利益率は2~3%、オンライン専業では0.5%以下と言われる中で、平均5%程度の利益率をキープしているという。
データ分析は、改善を生み出す「知恵」を生み出すためにある
ディスカッションの1つ目のテーマは、それぞれの会社におけるデータ分析環境や運用体制、データサイエンティストの役割についてである。
ZOZOTOWNでは、5名のデータサイエンティストがデータ分析を行っている。現在の課題として、清水氏は「改善につながる“知恵”をどのように提供するか」というポイントを挙げた。
清水氏は、データには4つのフェーズがあると考えている。
- システムに蓄積された「生データ」
- それを加工した「情報」
- 分析者が考察を加えた「知識」
- 経営層や社内に何らかの改善を促すための「知恵」
「多くの場合は情報や知識を提供するところで精一杯で、改善を生む“知恵”という価値をいかにして生み出すかが課題だ」(清水氏)という。
そのため、同社では、スキルだけでなくさまざまな知見を蓄積するため、上述したような学術分野との連携のほか、「顧客の潜在的なニーズを理解するため、エスノグラフィーのような文化人類学的なアプローチで、街に出て人の行動を観察したり、インタビューを行う」といったフィールドワークにも積極的に取り組んでいる。また、社内の他部署を巻き込んだワークショップへの取り組みもユニークだ。
企画の段階からマーケティングや営業、システム、場合によっては人事といった関係部署に入ってもらって、ワークショップを行う。例えば、アイデア出しのためのユーザーインタビューでは、統計的に見て平均的なお客様ではなく、エクストリームユーザーなどの振り切ったお客様を選ぶようにしている。そうして得られたキーワードをもとに、ワークショップでカスタマージャーニーマップに落とし込み、ストーリーを作って施策化していく(清水氏)
一方、オイシックスの西井氏は、「データの質的な重みづけ」についての課題を挙げた。
例えば、トマトと一口にいっても、生産者も違えば時期によって味も違う。それを一つの“トマト”と括って、“ユーザーAはトマトが好き”と理解していいのかという課題だ。オイシックスでは、社長自ら、週に1回はお客様に会ってヒアリングを行う。データは解析するだけではただの数字。これを意味のあるデータにするために、ヒアリングの機会を増やしている。では、得られたデータに対して、具体的にどのような改善を行っているのだろうか。
僕たちは“失敗体験”と呼んでいるが、よくあるケースが、トマトは夏においしいイメージがあるが、実は春が一番おいしくて、夏は味が落ちる商品だ。春にトマトを購入しておいしいと感じたお客様が、夏に同じものを購入して、「オイシックスはまずくなった」と感じると購入をやめてしまう。これが失敗体験だ。そこで、お客様が購入をやめるきっかけとなる要素を特定して、例えば、トマトの糖度が違うことを、きちんとお客様に伝えると失敗にならないというように改善をしていく(西井氏)。
ECサイトのCRMとは、お客様にとっての「感動設計」による成功体験の積み重ね
続いて、2つ目のテーマは、CRM戦略において各社が重要視するポイントについてだ。
清水氏は、「ロイヤリティ」と「顧客満足度」をきちんと整理する必要があると指摘した。
よく、囲い込みがCRMの目的といわれるが、「ロイヤリティ」と「顧客満足度」は別のものと理解する必要がある。例えば、お客様の満足度が高くても、競争過多の業界であれば、次の購入につながらない可能性があり、すなわち満足度が高くても継続的なロイヤリティにつながるとは限らない。反対に、独占的な業界では、ロイヤリティは高いが満足度は高いとは限らない(清水氏)
ZOZOTOWNでは、ロイヤリティを築こうとお客様を無理に囲い込もうとしても、結果的にお客様の不利益になる場合があると考え、お客様との関係を再定義した。それが、CFM(Customer Friendship Management:顧客と友達のような関係になること)と呼ばれる独自のCRM戦略で、オープンで、嘘のないコミュニケーションを目指している。
一方で、オイシックスの西井氏は、「CRMやマーケティング・オートメーションがもてはやされて、ツールが全てという風潮を感じるが、大事なのはお客様を理解して、適切な施策を実施することだ
」と、ツールが一人歩きしている現状に警鐘を鳴らす。
サービスを通じて成功体験が増えればユーザーのリピートは増えるし、失敗が増えれば離れる。西井氏は、お客様の成功体験という意味で、特にECサイトは梱包の仕方からお客様との接点を意識した「感動」を設計すべきとの持論を展開した。
前職のドクターシーラボでは、無料サンプルの同梱物を入れる順番によってお客様のレスポンスが変わった。お客様とリアルで接する部分でどのように改善するか、いい成功体験を増やすために色々な視点を持つようにしている(西井氏)
「正解」がないからこそ、常に改善が必要。そのための判断材料がデータ分析の価値
3つ目のテーマは、各社のKPIだ。どのような指標でビジネスの正否を評価しているのか。また、KPIはどのように決まっているのだろうか。
清水氏によると、意外にもスタートトゥデイ社内には、コンバージョン数(CV)をKPIとして持つ部署はないという。かつてはCVをKPIにしていた時期もあったが、現在では、マーケティングであればUU数やセッション数といった集客を見て、サイト開発部門は直帰率と離脱率を見ているという。
CVを上げる意識はあるが、そこは評価指標にしていない。なぜなら、CVは、在庫があるかどうかや、商品力、UI、プロモーションといったさまざまな影響要因があるので、CVの推移だけ見ていても原因を特定しにくいからだ。
指標は、ビジネスモデルを構成する要素として一番重要なものをシンプルかつわかりやすく定義することで、アクションまでのスピードが早くなる(清水氏)
一方、西井氏によれば、オイシックスは「KPIが非常に多い」ということだ。
1件あたりの定期契約獲得率や、5週間後の継続率など、社内独自のKPIがある。なかでも社内で浸透しているのは定期会員のアクティブ率と客単価だという。例えば、客単価では、いつもは野菜だけを注文しているユーザーが、ある週では牛乳を購入して客単価が上がったということがある。何が客単価を上げる要因になりうるかを、仮説を立て検証している。
また、同社では、サイトのUI(ユーザーインターフェイス)が客単価に与える影響を調べるため、顧客IDの下一桁の番号ごとに、まったく違うTOPページのUIを表示させるテストも行ったという。
TOPページのナビゲーションやキービジュアルを、特集メインにするか、通常の商品カテゴリ別にするかで客単価は大きく変わる。リアルの食品スーパーは、店内に入って目に入った商品を追っていく導線設計になっている。オイシックスでも、お客様は商品の詳細ページを細かく見るというより、商品の産地と値段だけを見て購入を決める傾向がある(西井氏)
こうした顧客心理に基づいたUI設計が、客単価を上げる要因になるということだ。
スーパーの店内を歩くうちに献立がイメージできるように、ECサイトでも、回遊率が上がると客単価が上がる傾向がある。なるべくユーザーにサイト内を“寄り道”させるような工夫が大事だが、同時に、あまり滞在時間を長くさせようとすると、面倒くさくなって離脱するユーザーも増えるのでバランスが求められるだろう。
マーケッターが経営層の信頼を得るために
お客様にとっての最良とは何か。ECサイトのマーケッターは、日々「正解のない」問題と格闘している。
「正解がないからこそ、運用しながら、その会社にあったUIを、試行錯誤を繰り返して考えていく
」(清水氏)、「違うと思ったらスピード感を持って変更する。その判断材料として、データを分析することの価値がある
」(西井氏)と語る2人は、マーケッターが経営層の信頼を得るためのポイントとして、以下のように会場にエールを送り、セッションを締めくくった。
成功している経営者ほど数値感覚に優れ、ディティールまで把握している。経営者が迅速に正しい決断を行えるような提言、すなわち良質なアウトプット、知恵に繋げていけるような示唆に富む意思が入った分析を、スピード感を持って示すことが経営者の信頼を勝ち取る方法だ(清水氏)
経営者は確固たる意志があるが、反面、現場の意見を知りたいという気持ちも持っている。現場と経営者との橋渡し役、現場とコミュニケーションを図って、何でも気軽に相談しやすい立場を心がけている(西井氏)
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オリジナル記事:ZOZOTOWNとOisixのCMOが語る、“勝てるマーケッター”が実践していること | 【レポート】アナリティクス サミット2015 | Web担当者Forum
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