個人情報保護法の改正によって、アドテクノロジーを活用した企業のマーケティング活動に大きく制限がかかるかもしれない。6月月例セミナー第三部では、Web広告研究会 Big data研究委員会の菅原裕氏をモデレーターに迎え、東急ハンズの長谷川秀樹氏と花王の本間充氏が登壇。個人情報保護法に広告主がどのように対応すればよいか、ディスカッションが行われた。
個人情報の範囲と本人同意の原則
まず菅原氏は、政府のIT総合戦略室が発表した「パーソナルデータの利活用に関する制度改正大綱」内の「II 制度改正内容の基本的な枠組み」(7ページ)に書かれた3つの項目を挙げる。
- 本人の同意がなくてもデータの利活用を可能とする枠組みの導入等
- 基本的な制度の枠組みとこれを補完する民間の自主的な取組の活用
- 第三者機関の体制整備等による実効性ある制度執行の確保
ここでは、パーソナルデータの利活用推進に向けて、民間団体が自主規制ルールを定め、第三者機関が権限を与えることが書かれているが、利活用可能なデータの種類がどのようなものか、民間団体が一社だけなのか、それとも業界団体のようなものなのかは書かれていない。また、主務大臣や第三者機関が業界によって異なるかどうかも不明だ。
一方、政府の「パーソナルデータに関する検討会」では、個人情報の範囲が議論されていたと、菅原氏はいくつかの例を説明する。
- IPアドレスはIPv6だと個人情報だが、IPv4は非個人情報
- 携帯端末IDには何種類かあり、そのうち自分で変更できない携帯端末IDは個人情報だが、自分で変更できる(ただし相当なスキルが必要)携帯端末IDは非個人情報
- サードパーティCookieは個人情報だが、ファーストパーティCookieは非個人情報
そのうえで、第8回の検討会では、「『個人情報等』の定義と『個人情報取扱事業者』等の義務について」という事務局案が出されている。これは大綱には書かれていないもので、資料14ページには、「顧客IDは仮名IDに」「氏名は削除」「住所は都道府県まで」「生年月日は誕生年に変えれば非個人情報として扱える」と記されているが、これではデジタルマーケティングで活用することは難しいと菅原氏は指摘する。
また、同資料15ページでは、これらのデータの利活用によって、たとえば都内40代男性の購買履歴からレコメンドなどができるとされている。しかし、デジタルマーケティングで必要なのは統計データではなく、ブラウザを開いている人が何を欲しがっているかがわかる情報なのだと菅原氏は話す。
本間氏も「もっと細かなデータがないとターゲティングできないが、細かいデータは限りなく個人情報に該当してしまって使えない
」と指摘する。一方で、個人情報の扱いとして、本人同意さえ得られれば、社内使用や社外への譲渡も行えるようになってくる。
個人情報の利活用 | 本人同意あり | 本人同意なし |
---|---|---|
社内使用 | 可 | 不可 |
社外に譲渡したり、社外から譲渡されたりする | 可 | 不可 |
加工済みの「個人の特定性を低減したデータ」の使用 | 可 | 可 |
非個人情報の使用 | 可 | 可 |
オーディエンスターゲティングには同意が必要
菅原氏は、「少なくとも米国企業ができることは、法律で止めずに日本企業もできるようにしてほしい。特に、オーディエンスターゲティングには影響が大きい可能性がある
」と話を続ける。ユーザーの同意が得られていない場合、サードパーティCookieを使うにはID情報などを改変する必要があり、マーケティングに活用できない可能性があるのだ。
一方で、同意を得ていれば問題ないともいえる。たとえば、グーグルはプライバシーポリシーにおいて、以下のような情報を取得することを明記している。
グーグルは、提供サービスにおいて統合したプライバシーポリシーを設けており、Google検索やYouTube、Androidスマートフォンなどを利用するということは、グーグルのプライバシーポリシーに同意したうえでサービスを利用していることになる。前述の事務局案では、個人情報の利活用は同意が原則であるため、グーグルは同意を得て取得したデータをターゲティングなどに利用できるのだ。
本人の同意が取れていない場合、サードパーティCookieなどをマーケティングに使えない可能性がある。一方で、すべて同意を取れていれば問題ない。つまり、メディアや広告主にとっては、事前に同意を得ているグーグルのプラットフォームを使うほうが楽かもしれない。グーグルのタグは様々なメディアに貼られているため、適切なターゲティングのためのオーディエンスデータをグーグルは知っている(菅原氏)
また、米国企業では、「ソーシャルメディアでどれくらい近い人が勧めれば、いくらまでの商品を購入するか」ということを重要視して広告を出していると菅原氏は説明し、オウンドメディアでもペイドメディアでも、個人情報保護法改正はオーディエンスターゲティングに大きな影響を与える可能性があるとした。
- ペイドメディア オーディエンスターゲティング広告を実施する際の選択肢が、グーグルなどだけになってしまう可能性がある
- オウンドメディア 自社データだけでは、ターゲティングを実施するためのデータが不足してしまう
菅原氏は、最初に説明した民間団体が自主規制ルールを定めるという点に話を戻し、業界で自主規制を行うのであれば、その業界は金融業界や物流業界といった括りではなく、広告やマーケティングという括りで切り分けてほしいと訴える。
たとえば、金融業界などの個人情報の扱いに慎重な業種では通常の事業活動としては厳しい自主規制を行うと予想されるが、広告やマーケティングにはまた別の基準を設けなければ、マーケティング部署がオーディエンスターゲティングを行うことは難しくなる。また、放送や出版、新聞などの業界がデジタルメディアよりもレガシー媒体を優先して自主規制を行うと、広告出稿先も限定されてしまう可能性があるという。
社内での議論を活性化させていくことが必要
本間氏は、菅原氏の話を受けて、「これまで企業の法務部門は、企業の問題を消すことは得意だったが、今回は事業を伸ばすために法律をうまく使わなければならない立場となる。利益や成長を考えることは、これまでの法務部門のロジックとは異なるので難しい。おそらく、法務部門はマーケティング部門が個人情報を使わないようにする方向に考えてしまうと思う
」と話す。
また、1つの会社で個人情報の狭義のエコシステムが確立されていて、本人同意を得て社内利用に問題がない状態であれば、個人情報保護法改正の影響は大きくないと本間氏は説明する。ただし、その企業が他の企業を買収した場合は、買収された企業が同じような範囲で本人同意を得て個人情報を取得しているとは限らないので、大きな問題が発生する場合もあるとしている。
続けて長谷川氏と本間氏は、次のように話している。
個人情報保護法がどのように改正されたとしても、お客様が不信感をもつような行いは企業としてやるべきではないと思う。まずは、個人情報の扱い方でお客様がどう思うのかを考え、常識通りの行いをすればよい。何年も経って、個人情報売買があたり前という世論になるのなら、小売業界も売買することがあるかもしれないが、目の前の利益を上げるために個人情報を売買することはなく、お客様にとって有益であるという個人情報の使い方をしていきたい(長谷川氏)
小売業のようにはお客様と接触する機会が少ない、製造業のような企業は、個人情報保護法改正に対する勘案の仕方が難しいと思う。また、これまで個人情報を使うことでお客様にどんなメリットがあるのかをしっかりと説明してきていないため、個人情報を使われることの気持ち悪さだけがお客様に残ってしまっている。メリットをきちんと説明できればハードルも低くなり、お客様のコンセンサスを取りやすくなり、政府も法律を書きやすくなるはず(本間氏)
また本間氏は、日本国内のアドテク事業者が個人情報保護法改正に振り回され、半年から1年ほど新規ビジネスのローンチが止まってしまうのではないかと危惧する。拡張ターゲティングによって新規顧客を開拓しようとしても、拡張ターゲティング先のデータが本人同意されていなければ利用はできない。「拡張ターゲティングモデルが日本で使えないのであれば、本社を海外に移転するくらいの話をしたほうが、社内での議論は盛り上がるかもしれない。それくらい、難しい議論となっている
」と本間氏は話す。
2015年初頭に改正案が国会に提出されようとしている個人情報保護法について、各企業は真剣に考え、デジタルマーケティングをどのようにしていくかを決めていく必要がある。
オリジナル記事はこちら:「マーケッターは個人情報保護法にもっと向き合うべき、法改正がデジタルマーケティングに及ぼす影響」2014年6月26日開催 月例セミナー 第三部
※このコンテンツはWebサイト「Web担当者Forum - 企業ホームページとネットマーケティングの実践情報サイト - SEO/SEM アクセス解析 CMS ユーザビリティなど」で公開されている記事のフィードに含まれているものです。
オリジナル記事:マーケッターは個人情報保護法にもっと向き合うべき、法改正がデジタルマーケティングに及ぼす影響 | Web広告研究会セミナーレポート | Web担当者Forum
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