人が他者の経験(クチコミ)を参照するときには、この人とは似ているから、自分が製品を買っても同じような感想を持つに違いないと帰納推論する(澁谷教授)。
他者のクチコミが自分の将来にとって、良い予測になるかどうかを規定する要因の1つが「類似性」であり、東北大学の澁谷教授はさまざまな研究を行っているという。この類似性を人がどのように判断しているのか、そのプロセスを知ることで、デジタルマーケティングにも応用が可能になる。
こうした消費者心理やデジタルマーケティングの新潮流を解説するセミナー、トランスコスモス デジタルマーケティングカンファレンス 2014「進化する顧客コミュニケーションとマーケティング新潮流」が3月6日、トランスコスモスによって東京ミッドタウン・カンファレンスで開催された。
本セミナーでは、デバイス・メディア・マーケティングテクノロジーの革新が消費者の購買行動に大きなインパクトを与え、企業の顧客コミュニケーションが変化する現代における、マーケティングの新潮流を共有することが目的だ。基調講演では、東北大学の澁谷教授が消費者の情報行動について心理メカニズムとともに解説し、後半のセッションでは先進的Webマーケティングの企業事例が共有された。
- 基調講演:デジタルマーケティングの諸相と消費者の心理メカニズム
CtoCコミュニケーションに対する消費者のさまざまな振る舞い方と、その根底にある心理メカニズムについて、認知心理学の実験結果などを紹介しながら議論 - ゲスト講演1:ANAのデジタルマーケティング戦略とデータ活用
ANAが実践するサイト内分析、外部データを活用したマーケティング戦略を紹介 - ゲスト講演2:動画マーケティング3.0 ~広告・ソーシャルにおける動画の活用事例とこれから~
従来のディスプレイ広告では接触が困難なユーザー層へどのようにアプローチするか、チューリッヒ保険会社が動画広告・ソーシャル動画の事例を解説 - トランスコスモス講演:統合データベースマネジメントによるEC運用
統合DBによるデータドリブンでのEC事業者支援型サービスについて紹介
本レポートでは、東北大学の澁谷教授による基調講演の内容をレポートする。
他者の経験から未来を予測する
ソーシャルメディアを代表に消費者間(CtoC)のコミュニケーションの影響力が大きくなるなかで、企業はどのように潜在顧客に働きかけていけばいいのか。基調講演では、消費者のさまざまな振る舞い方と、その根底にある心理メカニズムについて、認知心理学の実験結果の解説とともに、企業と消費者間(BtoC)のコミュニケーションのヒントが示された。
「今日は、能動的に情報を取りに来る人たちを中心に話したい」と、まず澁谷教授は、ソーシャルメディアのなかでも興味関心ごとに対して能動的に情報を取得しようとする人がどのように行動するのかを説明していく。興味関心の要素はさまざまだが、今回の対象は企業のデジタルマーケティングにかかわる製品サービスが対象だ。
人が何かの製品を購入しようとするときは、購入したときにどうなるかを予測する。そして、その予測の材料として使われる要素の1つが、すでに使っている他者の経験、いわゆるクチコミになる。Amazonで無意識にマウスをスクロールして、レビューを眺めている人はいるだろう。このとき、他者の経験が自分にとって良い予測になるかどうかを規定する要因が「類似性」であり、澁谷教授はさまざまな研究を行っているという。
類似性を判断するための材料はいくつかある。たとえば、アットコスメのレビューでは、「28歳/敏感肌」といったように利用者の属性が書かれているが、この人のクチコミが参考になるかどうか、文字列を判断材料にしている。また、住宅メーカーのサイトでは、家を建てた人の声とあわせて家族の写真が掲載されており、文字だけでなく、画像も類似性を判断する要素になると澁谷教授は説明する。
ただし、人間は無意識下で類似性を判断することが得意であり、
28歳敏感肌という文字列を見て判断しましたか。
とアンケートを取っても答えはでてこないという。人は目に写したとしても、脳内で単語を見たという情報処理をしないと、その文字列を“見た”とは認識しない。類似性判断の実験においても、“見えた”“見えない”という情報よりも、類似性の判断が優先して行われていたという。
結合性がクチコミの確証度を高める
では、人が類似性を判断する際には、具体的にどのようなことを行っているのだろうか。基本的なものは、2つの対象物において、共通する属性が1つずつ含まれている場合だ。これをネット上でクチコミを参照する状況に置き換えると次のようになる。
- 自他の共有属性
たとえば、「ホンダのFITは使いやすい(男性30歳)」というクチコミからは、同じ年齢という共有属性があるなかで、FITは使いやすいという他者の経験を参照している。
- 類似性判断における帰納推論
共有属性の他に、「Aには含まれていないが、Bには含まれている」要素を見つけたとき、2つは似ているのでBの要素がAにもあるに違いないと人は推論する。これも無意識下で行われているという。
同じ歳の人が使いやすいと言っているのだから、もし自分が買ったら、「この人と自分は似ているのだから、同じような感想を持つに違いない」と帰納推論する。つまり、この人の現在の経験が、自分が同じ商品を買ったときの将来にキャリーオーバーされるのではないかという仮説(澁谷教授)
そして澁谷教授の研究によると、この帰納推論の確証度は「結合性」によって強まるのだという。
「犬を飼っているのでFITは乗りやすい」というように、犬と暮らすライフスタイルに車を取り込んで使いやすいと言っている。同じ年齢で犬を飼っているという共有属性と、FITが使いやすいという経験の間に因果関係があるような書き方をしている場合のように、結合関係(この例では因果関係)があると、帰納推論の確証度がより強くなる(澁谷教授)
この結合性について、澁谷教授はデジタルマーケティングにも応用できるのではないかと、いくつかの実験を行っている。
リゾートホテルの利用意向を操作
ある実験で、架空のリゾートホテルに実際に宿泊してみたいか、購買意欲に対してクチコミがどのように影響を与えるか実験した。
実験ではまず、「ホテル選びで重視する項目」について、15項目を5点で評価してもらう。次に、用意した5つの架空のホテルから宿泊したい施設を選んでもらい、「好意度」と「利用意欲」を測定するまでが1回目の実験だ。そして今度は、クチコミをいろいろと見てもらったあとで、さりげなく同じ測定を行う。
- 被験者にホテル選びで重視する項目は何か、15項目を5点評価してもらう。
- 5つの架空のホテルから、利用したい施設を選んでもらう(被験者は実在すると思っている)
- 選択したホテルの好意度、利用意向を測定する(1回目)
- 自分の選んだホテルを利用した人のクチコミを見てもらう(類似性・結合性の操作)
※クチコミの内容は同じ共有属性のありなし、結合性のありなしの4パターン - 好意度、利用意向を再測定し、1回目との変化値を測定する
クチコミをいろいろと見たあとで、2回目の測定を行うこの実験は、クチコミが4種類操作されている以外は同じものを見ているので、「4つの実験条件で1回目と2回目の評価の変化に違いがあるとすれば、その違いはクチコミ閲覧からもたらされる」という仮説にもとづいたものだ。
たとえば、「プライベートプールを重視する」と選んだ被験者には、類似性を操作するために自分と同じように答えた人のアンケートを並べて強調表示する。また、結合関係の操作では次のようなクチコミを見せる。
プライベートプールつきの部屋でゆったり滞在することができました。水深が1メートルちょっとで、小学生の子供も安心して入ることができました。
実験の結果、類似性は単独では購買意図に影響を与えなかったが、結合性は強い影響を与え、さらに類似性と結合性の交互作用効果の傾向が見られた。これらの実験から、結合性が含まれたクチコミの方が、統計的に購買意欲に強い影響を及ぼすことがわかったという。
また、クチコミの「量的効果」と「類似性×結合性」を比較する実験も行った。先ほどと同様の実験を5つの温泉について行い、今度は、結合性を含む1つのクチコミと、結合性のないポジティブなクチコミをまとめたもの(ネガティブ要素もあり)を見てもらい、影響を比較した。こちらでも、結合性を含むクチコミが購買意欲に強い影響を及ぼした。
オウンドメディア成功の鍵は企業ならではの専門性にあり
人が他者の経験を参考するには、実際に経験した人から直接伝わってくるクチコミの他に、企業が自社の顧客の声をピックアップして潜在顧客に伝えるものがある。そして、企業のメッセージでは、先ほどの結合性が応用できるという。
実際に、日本には輸入されていない未発売のミネラルウォータを設定し、「企業が先行モニターの情報を集めて発信する」と「実際に飲んだ人が伝える」という条件で実験した。すると、企業が伝える条件では信用性が低くなったが、結合性が含まれる場合には、購買意欲にプラスの影響を及ぼした。つまり、企業メッセージの信頼性は、結合性によってある程度プラスにできる。
今述べたように、企業が自社の顧客の経験を自ら収集、編集してオウンドメディアから発信することは、直接顧客のクチコミが蓄積されるソーシャルメディアと比較して、信頼性が低いのではないかと必ず質問される。確かにそうだが、総合的な信頼性(クレディビリティ)を構成する要素は2つある。1つは、商業的意図や利害関係がないなど、情報を発信する人が信用できるかどうかという信用性で、それとは別に、その人が専門能力を持っているかという有用性があり、信用性と有用性が組み合わさって信頼性を構築する(澁谷教授)
類似性について、さまざまな実験を繰り返してきた澁谷教授は、ネット上で消費者が構築する信頼性の形を次のように示す。
ソーシャルメディア上のコミュニケーションの影響力が強い現代では、企業が直接メッセージを配信しても信用性は低くなりがちだが、有用性では勝負できるのではないか、と澁谷教授は話す。企業が顧客向けの情報を発信するうえで力を入れるべきは、企業独自の専門性を活かした有用性だというのだ。
そして、その仕組みのなかに、講演で述べたような結合関係を組み込んでいってもよいのではないかと、澁谷教授は最後に述べる。
お客様の声、顧客導入事例、カスタマーレビューなど、どんな企業でも自社の顧客の声を発信する情報をおいている。しかし、やっているのは今日の話のなかで類似性まで。自分と類似した顧客の声を見られるように配慮するしくみは結構あるが、もう一歩先に行き、結合関係を入れてみるのもおもしろいのではないか(澁谷教授)
なお、澁谷教授の研究は著書『類似性の構造と判断』にも書かれているので、こちらも参考にしてみるといいだろう。
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オリジナル記事:オウンドメディアのコツはコンテンツの類似性と結合性にあり、消費者の心理メカニズムを解き明かす [イベント・セミナー] | Web担当者Forum
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