「~世界の最新マーケティング潮流を知る~ ad:tech San Francisco 報告会」と題した、日本アドバタイザーズ協会(JAA)とWeb広告研究会(WAB)の共催セミナーが6月26日に開催された。ad:tech San Franciscoの報告とともに、広告配信テクノロジーやデジタルマーケティングの最新の潮流が共有された。
多くの“気づき”を得られたキーノートセッション
まず、JAA国際委員会の委員長でもある日本アイ・ビー・エムの山口有希子氏は、「JAAとWABが連携して情報を発信することで、様々な情報をより多くの広告主に伝えることが重要と考えていたので、今回初めて共催セミナーが実現したのは非常に嬉しい
」と挨拶する。
また、JAAの三カ年事業計画の4項目の最初に「デジタル・ソーシャルの活用促進」があげられ、WABの2013年宣言が「デジタルマーケティングでビジネスを成功させるのは、宣伝部長です
」であること、さらにJAA国際委員会が「海外の広告界に関するトレンドを研究」を行うことで日本の広告界のさらなる発展を目指していることから、このセミナーでad:tech San Francisco(以下、ad:tech SF)の報告が行えることには非常に意義があり、同様の取り組みを今後も続けていきたいとした。
2013年度のad:tech SFは4月9日から10日に開催され、1万人以上が参加している。山口氏は「宣伝部長として個人的に気づきが多かった3つのキーノートセッションを紹介したい
」として、AOLのTim Armstrong(ティム・アームストロング)氏、WalmartのSara Ortloff Khoury(サラ・オートロフ・コウリー)氏、Performics社のDaiana Middleton(ダイアナ・ミドルトン)氏のセッションについて紹介した。
テクノロジー×コンテンツ×クリエイティブのバランス
AOLのアームストロング氏は、AOLのビジネスをアドバタイズメントのプラットフォームを提供する企業へと変革した経営者だ。山口氏は、キーノートセッションの重要なメッセージが「Programmatic Explodes Creativity」だったと説明する。これはテクノロジーによってターゲティングイノベーションを実現し、広告やマーケティングを次のレベルへ持っていくことで、競争よりも機会創出を加速させるというメッセージだ。
「テクノロジーの話ばかりではなく、コンテンツの重要性についてもきちんと話されていた点が興味深かった
」と山口氏は述べ、コンテンツを重要視し、コンテンツドリブンで最適化することでコンシューマとインタラクティブにコミュニケーションを行うこと、そのためにテクノロジーの要素を組み合わせることが重要だと説明した。
また、2013年6月に来日したアームストロング氏と個別に話す機会があったという山口氏は、「テクノロジーと、コンテンツ&クリエイティブのバランスを取ることが重要
」という話も聞いたという。テクノロジーによってCPAやROIといった効率を向上させるだけでなく、ブランドエクイティ(資産価値)の視点を持つことが広告主にとって必要だと、アームストロング氏はad:tech SFでも語っている。また、人間が対応できない部分(データ)をどうプログラマティックに、テクノロジーを使って解決するかということについても説明したという。
また、アームストロング氏のセッションで最も印象に残ったこととして、山口氏は次のスライドを示した。
これは、米国での広告主と媒体社の関係を示す図で、たとえば広告主が入札した1ドルの広告費は、DSPやSSPの間のさまざまな機能(アトリビューション、ベリフィケーション、アナリティクスなど)に消費され、媒体社には45セント以下しか残らないというものだ。広告主と媒体社の間をよりシンプルに効率的にする必要があることをアームストロング氏は示している。
ユーザー中心主義を徹底し、優れた顧客体験を提供
続いて紹介されたのは、唯一の広告主側のキーノートセッションであるWalmartのコウリー氏の講演だ。「The Age of the Connected Customer」をテーマとしたセッションでは、ユーザーエクスペリエンス(UX)をどのように企業全体で実施するかについて話されたという。「UXを企業全体で実施するためにWalmartが組織的にさまざまなイノベーションを行っていることに驚いた
」と話す山口氏は、「そこにはさまざまな“気づき”があった
」と説明を続ける。
Walmartは、オンラインとオフラインのすべてのタッチポイントを合わせて、企業としてユーザーにどのようなエクスペリエンスを提供できるかということにフォーカスしている。また山口氏は、重要なのはカスタマーがその企業の価値を決めるという考え方を、企業全体に浸透させるようなカルチャーチェンジを行っていることだと説明する。そのために、Walmartでは組織内のさまざまな層でディスカッションを行ったり、UXを向上させるアイデアを出したり、それぞれの課題を自分自身に問いかけ、発見して改善することが行われている。
また、従業員に向けてユーザー中心主義を徹底するためのビデオなども紹介された講演について、山口氏は「UXが重要だということはみんな気づいているが、それを実施しているという点で気づきが多いプレゼンテーションだった
」と振り返る。また、印象に残ったプレゼンの1つとして次のスライドを示した。
これは、米国のリテールセールスにおいて、オンラインセールスの成長は5年間で3%に過ぎないが、online influenced sales(オンラインで影響を受けて購買につながったセールス)は77%も成長していることを示したものだ。オンラインで購買させることよりも、いかにinfluence(影響)させるかが重要だとコウリー氏は説明したという。
ガーデニングマーケティングに必要な5つのルール
デジタルマーケティング大手のPerformics社のミドルトン氏のキーノートセッションでは、「Nurturist Marketing」というメッセージが語られたという。「Nurture」は「育てる」「養育する」といった意味で使われ、これまでのような企業主体のメッセージで説得するマーケティングではなく、「ガーデニングマーケティング」をやろうとミドルトン氏は提案しているのだ。
Performics社では、顧客を「Customer」とは呼ばず、「Participants」(参加者)と呼んでいる。また、顧客の間では以下の5つを前提に「期待値のシフト」が起きている。
- すべての情報は検索可能
- それらのコンテンツはモバイル端末で閲覧可能
- ユーザーは他の人とつながりたいと思っている
- 広告はユーザーにとって意味のあるコンテンツでなければならない
- ユーザーは自分の意見を聞いてもらって会話したいと考えている
それに対して、広告主は以下の5つでシフトしなければならないというのがミドルトン氏のメッセージだ。
- ROIマネジメント
- ニッチでも幅広い場合も行動ターゲティングで考える
- オンライン、ストリーミング、ゲームなどのなかにプロダクトを置く
- インプレッションだけでなく、より深いエンゲージメントを行う
- 企業としてユーザーの声を聞き、会話するように態度変更する
また、ミドルトン氏のセッションのなかで山口氏が興味を持ったものとして、次のスライドが示された。これは、育む「ガーデニングマーケティング」を行うための5つのルールを示すものだ。
ad:tech SF全体を通して山口氏は、「すべてのマーケティングプロセスがデジタル化しているなかで、ad:tech SFでもマーケティングの本質論が語られるようになってきている
」と話す。また、Customer Journey(カスタマージャーニー)について多くが語られ、ユーザー中心の考え方の重要性や、UXを向上させるためのテクノロジーについての話が多かったことも特徴的だ。さらに、スマートフォンやタブレットなどのモバイルの伸長、コンテンツマーケティングの重要性などが今回のad:tech SFの傾向だったと山口氏は説明している。
「ad:tech SFについては、お伝えしたいことがたくさんあるが説明しきれない
」と話す山口氏は、キーノートスピーチの動画が公式サイトで公開されていることを示し、「海外のカンファレンスなどでどのようなことが語られているかを見て、マーケティングを実践するための“気づき”を得てほしい
」と語り、第一部を終えた。
第二部
RTB&DSPの最新事情、広告主・媒体社が注目すべき新たな課題とは
引き続き第二部では、フィナンシャル・タイムズの星野裕子氏がad:tech San Francisco(ad:tech SF)での広告配信テクノロジーについてのセッションを解説した。「今年はRTBにかなり注目している」という星野氏は、2012年にもRTBやDSPがテーマのセッションはあったが「すべてがグッドニュースだった」と説明する。一方、2013年の傾向は違うものとなり、この1年間でRTBの課題と将来像が見えてきたという。
2013年のポイントとして星野氏は、まず広告主がブランドの1st Party Dataを非常に重要視していることを示す。最も興味深いトピックとしてVerificationを挙げ、機械ではなく人間にインプレッションが露出されているかが話題となっていたと話す。ブラウザのフレーム内に露出されているかという「Viewable Impression」も話題となっている。
また星野氏は、米国広告協会のIAB(Interactive Advertising Bureau)がViewable Impressionについて「広告の半分以上が1秒以上レンダリングされること」と定義しており、IABの定義に基づくと、パブリッシャー(媒体社)の広告在庫のうち約40%が露出されてないという調査データもあるという。
「DSPはAd Networkを後継する」という話題もあったが、これについては日本ではアドネットワークとSSPが同義になっているのでイメージがわかないかもしれないと星野氏は説明する。さらに、「RTBは余剰在庫市場」であることも話題となっており、「収益管理サービスプロバイダがはじめた、SSPによるGuaranteed Premiumの提供開始」という話題もあったという。
これについて星野氏は、「Guaranteed Premiumは金融市場の先物取引のようなもので、RTBのように発生した在庫をすぐに購入するのではなく、たとえば1か月先の属性を絞ったターゲティングインプレッションを少し高いけれども買うことができる
」と説明した。
偽のインプレションを生みだすゴーストサイトの存在
ad:tech SFでは、Viewable Impressionの課題としてゴーストサイトの出現が話題になっている。米国ではすでに存在しない在庫がRTBで運用されており、偽のリターゲティングやクリック、コンバージョンの模造などが行われているという。これらを回避するためのソリューションとしては、DSPによるホワイトリストを作成することやVerification Toolの導入があげられている。
星野氏は、とあるセッションのもととなったADWEEKの記事を紹介。この記事では、ゴーストサイトに関して実名のメディアグループが掲載されている。膨大な在庫量でSSPのトップリストに上がっているため、一流ブランドの広告が掲載されているが、取材に対してコンテンツはアウトソースであるため中身は答えられないとし、自社の社長の名前も言えないことを指摘している。
また記事では、機械によるページビュー捏造が行われ、オーディエンスの75%が重複しており、22人のフォロワーしか持たないライターが40万クリックをたたき出していることなどにも言及している。さらに、40%以上のインプレッションが1%のユーザーにターゲティングされていたという、行動ターゲティング広告大手のオーディエンスサイエンス発表の情報もあるという。
星野氏はad:tech SFでの議論から、機械による捏造はパターンとして判別することが容易で、たとえば大量のクリックが一瞬で発生することや、米国では消費者はクリックせず、クリックは疑わしいと考えていることを紹介した。一方、人間の行動をまねた捏造も始まっているという。
KPIについては、通常のシステムはクリック数で最適化するようにしているが、ad:tech SFのセッションでは前述のように消費者はクリックをしないと考えられているため、クリックよりも最終結果で最適化することが唱えられている。また、アトリビューションなどでビュースルー分析を重要視すること、CPW(Cost Per Whatever)という考え方で何でもよいからクリック以外でKPIを考えること、ブランド認知度調査などを活用することなども話題になっていたという。
RTB以外のプログラマティックな購買方法として、ad:tech SFでは、「Google ディスプレイネットワーク」や「Facebook Exchange」、ベンチャーのインターネット視聴率データサービスの「Quantcast」、SNSを利用した潜在顧客の発見・アプローチが可能な「33Across」、ソーシャルデータ(意思データ)を組み合わせて広告配信する「RadiumOne」なども紹介されたという。
視聴者のコンテキストを考慮した広告配信が問われる
ad:tech SFではソーシャル、属性ターゲティング、コンテキストに関するニュースも話題になった。このニュースは、Facebookの「misogynistic」(女性嫌い)というページに、ある企業広告が掲載されたことで起きた問題を取り上げたものだ。日本では取り上げられることは少なく、取り上げられていても柔らかな表現になっているが、「RTBや属性ターゲティングでは、ホワイトリストを使ってターゲットとする人に露出しできればいいと考えると思う。しかし、コンテキストは重要
」と星野氏は指摘する。
前述の問題では、ある広告主がFacebookの属性ターゲティングを使い広告を配信していたのだが、意図せずmisogynisticのページに表示されていた広告を女性権利団体が発見し、その企業・ブランドが女性嫌いの考えをスポンサーしていると受け取られ、抗議へと発展したのだ。
広告主が意図したコンテキストではないが、属性ターゲティングの条件には合致していたため、こうした事態が起きてしまった。最終的に広告を引き上げて対策を練ることとなったが、星野氏は「RTBとは直接関係ないが、Facebookもプログラマティック広告。属性ターゲティングでもコンテキストを考慮しなければならないと考えさせられた
」と話す。
また星野氏は、最初に示した「RTBは余剰在庫市場」ということについても詳しい説明を行った。現状、媒体社が広告在庫をRTBに卸すと、売れ残った広告は社告になり、在庫が戻ってくるわけではない。捨てたものとして卸しているため、余剰在庫になっているというのだ。最低価格を設定しても売れず、売れ残りは社告で埋めるというのが媒体社の実情であり、ブランド側にとっても良い在庫をRTBで買えない状況になっている。
また、手売りで売っていた広告を、より高く買ってくれるRTBに流すことも難しいという。現状は配信システムが追いついていないため、「HOLISTIC AD SERVING(全体的な広告配信)」を実現する必要があると、星野氏は説明する。
こうした現状を抜け出すために実現されてきているのが、PRIVATE EXCHANGEによって媒体社のデータを統合することだ。たとえば、ある媒体で一定の広告枠を購買したブランドに対し、その数十%をRTB経由でパブリッシャーのユーザーデータを使って広告配信できるようにするものだ。米国ではすでに開始されており、日本でも将来的に実現されるのではないかと星野氏は説明する。
また、前述のGuaranteed Premiumで将来の在庫を確保することも、HOLISTIC AD SERVINGの実現に近づくために、将来的に日本でも行われるだろうと星野氏は説明し、ad:tech SFで見えてきたRTBの課題と明るい未来についての第二部の解説を終えた。
オリジナル記事はこちら:「ad:tech San Franciscoで明かされたマーケティングの本質、注目のキーノートをレポート」2013年6月26日開催JAA国際委員会、Web研共催セミナー(1)
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